東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)54号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 第一引用例の記載事項と本願発明との相違点について
(一) 受動回路素子と能動回路素子とが、必要な絶縁を与えるように離間されている点について
原告はまず、本願発明にいう離間とは、両素子が直接接触することなく、距離的、すなわち物理的に離れていることを意味し、その結果として両素子間の必要な絶縁が与えられるものであり、ここで必要な絶縁とは、両素子間においてそれぞれの機能が互いに影響を受けない程度に必要な絶縁を意味し、その具体的構成の内容として、実施例において、抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2との間に抵抗(素子)R5ないしR7が、抵抗・容量素子R3C2とトランジスタT1との間に抵抗(素子)R4ないしR6が介在することにより離間され、それにより、必要な絶縁が与えられていることをあげる。
成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二によれば、本願明細書には、「能動回路素子と受動回路素子との間はそれぞれの機能が互いに影響されない様離間され必要な絶縁がなされているので、これら回路素子間の電気接続が自由に選択出来、」と記載されているから、本願発明においていう「離間」及び「必要な絶縁」の意味内容として、原告が抽象的、一般的に主張するところは、それ自体肯認できないものではないが、実施例が意味するものとして主張するような具体的技術内容のものとして解することには、次に述べるように、にわかに左袒し難いものといわねばならない。
前掲甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二及び成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし四によつて検討する。特許請求の範囲の全体と、第一図、第二図とを対比検討すれば、本願発明の前掲要件が、例えば実施例における抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2の間の配置関係に対応していることは明らかである。そうすると抵抗(素子)R5ないしR7の介在によつてトランジスタT2(能動回路素子)が抵抗・容量素子R8C1(受動回路素子)から「離間」されているということも、できないわけではない。
しかしながら、右抵抗(素子)R5ないしR7が両素子間において「それぞれの機能が互いに影響を受けない程度に必要な絶縁を与える」ためのものであることを理解するに足りる記載は明細書に存しない。かえつて、第二図によれば、抵抗(素子)R5ないしR7は、回路の構成素子として所定の有限の抵抗値を有し、そのことによつてはじめて回路全体としての所定の機能が発揮されるものであることが認められる。そうとすると、抵抗(素子)R5ないしR7は、むしろ「必要な接続」を与えるものでこそあれ、「必要な絶縁」を与えるものとは到底いうことができないし、また、その存在によつて抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2の間において、「それぞれの機能が互いに影響を受けない」ようにされているということもできない。
一方、本願明細書に「特にこのエツチングは(R1、R2)と回路の他の部分との分離を行うため薄板を貫通するスロツトを形成する。そして又予め計算された形状に全部の抵抗の区域を成形する。」(甲第二号証第五頁第一〇行ないし第一四行)との記載があり、これに照らして第一図を検討すれば、右スロツトによつて、抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2との間の半導体薄板内部における電気的接続が、所定の抵抗(素子)R5ないしR7(更にはR1、R2、R3C2、R4)以外には存在しないという、回路構成上所要の配置・接続関係が確立されるものと認められる。すなわち、右スロツトは、抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2の間における回路構成上不要な電気的結合がないようにするものということができる。そして、電気的結合がないのは、いうまでもなく絶縁されているからに他ならないから、右のように不要な電気的結合がないようにすることは、「必要な絶縁を与える」ことによつて得られたものといつて差支えがない。
そうすると、本願発明にいう「必要な絶縁」とは、「不要な電気的結合によつてそれぞれの素子の機能が互いに影響を受けないようにするために必要な絶縁」の意味であつて、回路構成上必要な半導体薄板内部の接続によつて、それぞれの素子の機能が所定のとおりに影響し合うことを妨げるものではなく、実施例において、スロツトにより抵抗・容量素子R8C1とトランジスタT2との間に抵抗(素子)R5ないしR7(及びR1、R2、R3C2、R4)以外には半導体薄板内部における接続が存在しない状態がこれに該当するものであり、そして同じく「離間」とは距離的すなわち物理的に離れていることを意味する点では原告主張のとおりであるけれども、実施例においては、抵抗(素子)R5ないしP7の介在それ自体ではなく、これら抵抗に連接する部分以外は両素子がスロツトという空間によつて隔離されている状態がこれに該当するものと解するのが相当である。
この点に関し、原告は、本願発明の実施例におけるスロツトは残された薄板部分の高抵抗によりその両側に「離間」して存在する素子の間に「必要な絶縁」を与えるものであつて、スロツトのみにより「離間」及び「必要な絶縁」の機能を果すものではなく、このことはスロツトがその周囲に半導体部分を残していて薄板を完全に切断するものではないことからも明らかである旨主張する。しかし、明細書中にはスロツト形成後に残された薄板部分を特に高抵抗にする旨の記載はなく、かえつて第二図に照らせば、右残された薄板部分もまた回路構成上所定の有限値を有する抵抗であることが明らかであるから、原告の主張は、このような抵抗による「必要な接続」をすなわち「必要な絶縁」であるとする、それ自体矛盾した主張を前提とするものであつて、採用できない。また、実施例におけるスロツトが回路構成上の必要に応じて薄板の一部を完全に切断するものである場合を特に除外するものと解すべき根拠もない。よつて、原告の主張は採用することができない。
他方、成立に争いのない甲第五号証によると、第一引用例には、「部分14は、N型本体16、エミツタ電極として作動させるよう意図されたP型領域18と、コレクタ電極として作動させるよう意図された他のP型領域20とを持つたP―N―Pトランジスタからなる。本発明に従えば、N型の本体部分16には、抵抗―容量移相回路網あるいは遅延線として形成され作動される半導体物質の部分22が隣接ないしは一体化している。移相回路網22は、抵抗素子として、トランジスタ本体16と同じ導電型式すなわちN型の複数の細長い部分24を含む。移相回路網は、また、容量素子として、細長い部分24と互い違いになつた、P―N接合を含む領域26を含む。各P―N接合26は、N型本体12の一部28及びそれと整流障壁32により互いに分離されたP型物質の領域30からなつている。」(第二欄第九行ないし第二六行)、「P―N接合部分が形成され、必要な結晶表面の処理が施された後で、結晶は、エツチング作業あるいはサンド・ブラステイングのような研削作業により、細長い抵抗素子24を与えられる。」(第二欄第五二行ないし第五七行)と記載され、これと第一図とを総合すれば、第一引用例の半導体装置は、一主面で終るP―N接合(整流障壁32)により画成された領域(P型物質の領域30)を含む受動回路素子(容量素子としての領域26)の各々が、図においてそれより右方に連接する少なくとも一個の抵抗素子24を含む所定のインピーダンスを介してのみ、右一主面で終るP―N接合により画成された領域(エミツタ領域18)を含む能動回路素子(トランジスタ14)に半導体結晶内部において接続され、それ以外の不要な半導体結晶内部における電気的結合がないように、半導体結晶を特に細長い形状に成形したものであると認められる。
そうすると、右のように特に細長い形状に成形した点は、前記認定におけるように、本願発明においてスロツトを設けたのと同じく、内部接続用インピーダンスに連接する部分以外は容量素子とトランジスタの間を空間によつて隔離したものというべきであり、したがつて、第一引用例のものも、本願発明の実施例と同じ意味において、受動回路素子と能動回路素子との間は、必要な絶縁を与えるように離間されているということができる。
原告は第一引用例のものにおいては、受動回路素子と能動回路素子の直接接触する部分以外の半導体の外表面相互間に空気による絶縁・分離が存在するというようなことは技術的に全く無意味である旨主張する。しかしながらその抵抗素子24等所定の接続用インピーダンスを形成する部分のほかにも両素子間を橋絡する半導体部分が存在する場合と対比すれば、両素子の外表面相互間の空気による絶縁・分離という概念が技術的に意味がないということはできないし、前掲甲第一〇号証の一ないし四にてらせば、空気による絶縁・分離という理解の仕方が当業者にとつて不自然なものとはいえない。
なお、原告は、第一引用例の半導体装置における移相回路網は全体として一定の移相量を得るものであるから単一の受動回路素子とみるべきである旨主張する。しかしながら、第一引用例の前掲記載(第二欄第九行ないし第二六行)及び第一図によれば、その移相回路網が複数の抵抗素子と容量素子とからなることは明らかであり、他方、前掲甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二によれば、本願発明において、その受動回路素子はその機能について何ら特定されておらず、かえつてその明細書には、抵抗素子と蓄電器(容量素子)が受動回路素子の例として説明されている(甲第三号証第四頁第一六行ないし第五頁第一二行)。したがつて、原告の主張は採用できない。
なおまた、原告は、本願発明は受動回路素子と能動回路素子とが必要な絶縁を与えるように離間していることにより薄板外部における相互接続の融通性をもたらすのに対して、第一引用例のものは両素子間の機能的関係が薄板内部における電気接続により固定されているので、外部における相互接続に融通性がない旨主張するが、前示のように、第一引用例のものにおいても両素子は必要な絶縁を与えるように離間しており、他方、本願発明も両素子間の機能的関係の一部が薄板内部における電気接続により固定されたものを除外するものではないから、両者の間に外部における相互接続の融通性の相違があるということはできない。
(二) 受動回路素子と能動回路素子のそれぞれの同一主面で終るP―N接合により画成された領域間の電気的接続について
前掲甲第五号証によれば、第一引用例には、エミツタ領域18が接地される旨の記載(第二欄第六〇行ないし第六一行及び第一図)に加えて、各容量素子の領域30に接続された導体43が接地される旨の記載(第三欄第四行ないし第八行)がある。そして、成立に争いのない乙第六号証によれば、第一引用例の回路が属する並列C型移相発振器において、各容量素子の一端をエミツタに電気的に接続することは、原理上不可欠なことであると認められる。そうしてみると、導体43は、図示されていないとはいえ、右記載のとおりエミツタ領域18と同様に接地されねばならないものであることに疑問の余地はない。
なお、エミツタ領域18と容量素子の領域30とが半導体結晶の同一主面上にあることは、前記認定のとおりである。
原告は、第一引用例の第一図に示された接続関係において導体43を接地すれば、バイアス電源40のためにP―N―Pトランジスタ14のコレクタがエミツタに対して正の電位を与えられることになり、またバイアスの極性を逆にすれば、容量素子を構成するP―N接合が順バイアスされるので低抵抗となり、いずれにしても目的とする発振機能を得ることができないから、導体43を接地する旨の第一引用例の記載は無視して理解するのが自然である旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、エミツタ領域が接地されている以上、導体43を接地することは移相発振器の原理上不可欠なのであるから、所望の容量値を得るために容量素子のP―N接合に与えるべきバイアスに問題があるとしても、そのことのために、導体43を接地する旨の明確な記載までを無視しなければならないなどということは、到底ありえないことである。バイアスの問題は、コレクタと移相回路網の遠端とを接続する導体38に直流分阻止用のコンデンサを挿入するなり、あるいは順方向バイアスをP―N接合の高抵抗領域の範囲で設定するなり、別途適当に解決すべき事項である。したがつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。
原告は、また、右導体43がたとい接地されるとしても、そのこととエミツタ領域18もまた接地されることによつて、両素子が観念的な意味において電気的に接続されるに過ぎず、本願発明の構成要件である具体的、物理的な存在としての電気導体による相互接続とは意味を異にする旨主張するが、たといそうであつても、いうところの観念的な相互接続の実現の一態様として、それぞれを別個に接地端子に接続する代りに、いずれか一方のみを接地してエミツタ領域18と導線43とを接続するように配線することは、当業者にとつて自明の代替形式といわねばならない。そうすると、具体的、物理的な存在としての電気導体による相互接続は示唆されているというべきである。
なお、原告は、本願発明は一主面で加工し、かつ相互接続するのに対して、第一引用例のものは多面で加工し、多面で相互接続するものであるから、作用効果が異なる旨主張するが、特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は他の主面における受動回路素子領域、能動回路素子領域及びそれらの相互接続手段の存否を問わないものと認められ、他方、第一引用例のものにおいても、その一主面の構造に関しては本願発明と同様に、一主面での加工と相互接続が可能なことが明らかであるから、原告の主張は理由がない。
(三) 半導体薄板よりなる点について
前掲甲第五号証によれば、第一引用例には、「装置10の調整において、基本となる要素はN型ゲルマニウムの細長く延びた結晶の形状の半導体本体12である。」(第二欄第二九行ないし第三一行)と記載されているが、それが棒状のものであることを認めるに足りる記載はない。かえつて、右本体12にエミツタ領域18、コレクタ領域20及び各容量素子領域26を形成する方法として、「円板状又は小球状の適当な不純物物質がN型結晶12の向い合つた表面に合金化され」(第二欄第三八行ないし第四〇行)と記載されているから、半導体本体12は円板状部材を合金化により接着するに適した向いあつた表面を有することが理解できる。また、成立に争いのない甲第一四号証の一・二・四・六及び弁論の全趣旨によれば、通常、合金型トランジスタは半導体薄板の両主面に不純物物質の小片を合金化したものであることが認められる。以上を総合すれば、第一引用例の半導体装置の形状は、全体として細長いものではあるが、なお薄板状のものというを妨げないものとみるべきである。
(四) 以上のとおり、審決には、原告が主張するような、第一引用例の記載の誤認に基く本願発明との間における構成及び作用効果の相違の看過は認められないから、第一引用例を前掲(イ)、(ロ)、(ハ)の点について容易推考の根拠としたことに、格別判断の誤りは認められない。
2 第二引用例の絶縁物質による被覆及び絶縁物質上への電気導体敷設の手段を第一引用例の半導体装置に適用するに際し、絶縁物質として第三引用例のシリコン酸化物を採用することについて
(一) 第三引用例について
成立に争いのない甲第七号証によれば、第三引用例には、次のような趣旨の記載のあることが認められる。すなわち、急峻なP―N、N―P―NあるいはP―N―P接合を有する接合型のダイオード、トランジスタ等においては、半導体表面が十分な絶縁を有しない結果、上層表面導通によつて接合が橋絡されるおそれがあるので、その防止のために、従来、電気絶縁性と防湿性とを有するエナメルやろうによる被覆、あるいはアラルダイトのような合成物質の硬質保護層の被着、更には、電気絶縁性を有する可塑性又は重合性の合成物質中への埋込みなどが試みられたが、いずれも、防湿力が不十分であつたり、使用中に失われたりする欠点があつたのに対して、第三引用例の主題をなす発明は、「電気絶縁性と防湿性を有するとともに接着力によつて半導体表面に付着する無機物質、特に酸化物、例えば石英「Quarz」からなる硬質の保護層で半導体表面を少なくとも急峻な接合に沿つて被覆することにより、漏洩電流に対する完全な表面の絶縁が得られ(第二頁左欄第二行ないし第一一行)、右層は、例えば、「高真空中で蒸着され、したがつて、それは、電気絶縁性と同時に防湿性を有するほうろう質「glasurartigen」の被覆を形成する」(第二欄左欄第一二行ないし第一五行)ものであり、第一図に示されたN―P―Nトランジスタの実施例においては、「半導体の表面にはP層を完全に覆う電気絶縁性の良い純粋石英(Quarz)のほうろう層(Glasurschicht)4を設ける。このように構成した半導体素子は場合により更に別の外側ケースを必要としない。……別な方法として、半導体素子全体の表面に石英をまぶし、そしてほうろう層によつて包むこともできる。」、というものである(なお、右記載中「石英」がシリコン酸化物であること自体は、原告もこれを認めて争わないところである。)。
右事実によれば、第三引用例には、P―N接合により画成された領域を含む半導体装置において、シリコン酸化物よりなる電気絶縁の良い被膜により半導体表面の実質的全体を覆うことによつて半導体表面の全体を保護し、右被膜と半導体との界面に大きな電気的安定をもたらし、半導体表面の汚染に基因する装置の特性の変化と寿命の低下とを防ぐという技術が記載されているというべきである。
原告は第三引用例にいう「石英」は通常シリコン酸化物のうち非常に密度の高い結晶体を指し、本願発明において用いられる非結晶性のシリコン酸化物とは性質を異にし、かつ、本願の優先権主張日当時の技術水準では、このような「石英」を半導体表面に蒸着することは不可能であつたと主張する。しかしながら、第三引用例において「石英」は、「ほうろう質(glasurartigen)の被覆」ないしは、「ほうろう層(Glasurschicht)」を形成している旨記載されていることは前記認定のとおりであるところ、成立に争いのない乙第五号証の一ないし四によれば、「ほうろう」とは一般に一〇〇〇度C以内で熔けるガラス質の「うわぐすり」を意味し、ドイツ語の「Glasur」は右「うわぐすり」に対応する語であつて、これは「ガラス」の一種であり、そして「ガラス」は熔融液体を急冷して結晶させずに等方性無定形物質に固化したもので、ガラス状態ともいい、二酸化シリコンだけでもガラス状態になり、これから石英ガラス(熔融石英)を得ることが認められる。そうすると、第三引用例における「石英(Quarz)」は、石英ガラスと同様に非結晶性のものと解するのが相当である。したがつて、本願発明におけるシリコン酸化物被膜がたとい原告主張のとおり非結晶性のものである(そもそもかかる限定は、本願発明の特許請求の範囲にはなく、明細書の記載上も明らかでないことではある。)としても、それと第三引用例に記載された「石英のほうろう層」との間に相違があるということはできないし、また、当業者が前記のように理解するのが格別困難であつたとも考えられない。
原告は、また、第三引用例に記載されているのは、合成物質の代りに石英でP―N接合部分を覆うことによつて湿気による漏洩電流に対するより完全な表面の絶縁が得られることにとどまり、そこには、シリコン酸化物で半導体一主面の実質的全体を覆うことにより得られる本願発明の顕著な作用効果を示唆するところがない旨主張する。しかしながら、第三引用例にはP―N接合部分にとどまらず半導体素子全体の表面を覆うことができる旨の記載があることは前示のとおりである。また、湿気による漏洩電流に対する表面の絶縁は、それ自体、半導体と被膜との界面における導電度という電気的特性の安定化にほかならず、かつ、湿気の侵入の防止は、湿気を含む雰囲気全体から半導体表面を隔絶することによつてもたらされることも事理上明白であり、更に、第三引用例には前示のとおり、場合により別の外側ケースを必要としない旨の記載があるところ、前掲甲第一四号証の一・二・四・六に照らせば、右外側のケースとは、いわゆるハーメテイツク・シールのことであり、したがつて、その作用効果は、ひとり湿気による漏洩電流の防止にとどまらず、汚染一般による特性劣化の防止を含むものと推認することができる。そして、従来方法の欠点の一つが多数回使用した後に耐湿性が失われる点にあつた旨の記載(第一頁右欄第二一行ないし第二六行)を考え併せると、第三引用例の右作用効果は、実用上十分な期間にわたつて期待できるものであり、したがつて、素子の寿命の低下を十分に防止できるものであると認められる。
以上によれば、第三引用例には、半導体表面の保護作用に関して、前掲甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二によつて認められる本願発明の作用効果と特段の差異のないものが十分に示唆されているものといえるから、この点に関する原告の主張も採用できない。
(二) 第二引用例について
第二引用例の半導体装置の構造に関する審決の認定及び第二引用例に光抵抗材料がゲルマニウムの表面を汚染から保護する旨の記載があることについては、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第六号証の一・二によれば、第二引用例には、「この新しい開発は二段階の研究計画の結果である。それはまず、トランジスタ製造のための写真製版技術の開発からスタートした。第二段階はこうして得られたトランジスタをプリント回路の一体化した部分とすることであつた。ダイヤモンド・オードナンス・フユーズ研究所の方法は小さなゲルマニウムのウエハから始まる。感光性被覆が、蒸着によつて形成されるべき、微小な電極に必要な精密な位置決めを与える。多分、この方法における最も重要な部分は、アルミニウムの蒸着によつてリードをプリントすることであろう。これを行うために、まず、光抵抗材料の被覆がエミツタ及びベース接点の真上の領域だけを露出してトランジスタを覆うように設けられる。……次に、トランジスタは薄い円形の基板にハンダ付けされ、セラミツクのプリント板の穴の中に、ビンの栓のように挿入される。絶縁性の接着剤によりトランジスタを右プリント板に固着する。適当に配置した大まかなマスクによつて、セラミツク板上のプリント配線を台座形のトランジスタの接点と接続するアルミニウムのリードを真空蒸着することが可能である。……光抵抗材料は、蒸着されたリードをゲルマニウムの表面から絶縁するだけでなく、回路全体又は回路の組合わせがハーメテイツク・シールを施されるまでゲルマニウムの表面を汚染から保護する。光抵抗材料の被着はトランジスタに影響を与えないようであり、右材料により覆われたユニツトには、数日間にわたり特性の変化は何ら認められなかつた。」(第三一頁右欄第一行ないし第三二頁第七行)と記載されている。
右記載によれば、第二引用例の光抵抗材料被覆は、回路を構成するための電気的相互接続手段であるリードをアルミニウムの蒸着によつて形成するために被着されるものではあるが、その被覆は、蒸着されたリードを半導体表面から絶縁するだけでなく、その半導体装置(トランジスタ)を含んで一体化された回路の全体が、ハーメテイツク・シールを施されるまでの間半導体表面を汚染から保護し、トランジスタに悪影響を及ぼすことなく数日間にわたつてその特性の変化を生じさせないという作用効果を有することが認められる。
原告は、第二引用例の光抵抗材料被覆の目的は小さな電極のための位置決めをすること及び製作されたトランジスタを回路板の穴に挿入し一体化することにある旨主張する。しかしながら、前示の第二引用例の記載に徴すれば、小さな電極のための位置決めは、ウエハに施される感光性被覆によつて達成されるものであり、トランジスタに施される光抵抗材料被覆は、その直接の目的が一体化されたトランジスタと他の回路素子との間の電気的接続のための導電物質を蒸着によつて形成することにあり、かつ、半導体表面を汚染から保護して特性の変化を防ぐ作用効果を有するものであることが明らかである。
原告は、また、第二引用例の光抵抗材料被覆による保護は製造工程中の一時的なものであるから、本願発明におけるシリコン酸化物や第三引用例の素子における石英による保護とは意味を異にする旨主張する。しかしながら、前示のとおり、第二引用例のものにおいても、特性の変化は認められなかつた旨記載されているところ、特性の変化がないということは、結局、被覆と半導体との界面に電気的特性の安定がもたらされていることにほかならない。したがつて、ある期間にわたつて絶縁物質からなる被覆と半導体との界面に電気的安定をもたらし、半導体表面の汚染から生じる装置の特性の変化を防ぐという基本的保護作用は、第二引用例の光抵抗材料被覆、前掲甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二によつて認められる本願発明のシリコン酸化物被覆及び前記認定の第三引用例における石英の保護層に共通するものであり、保護の期間の長短は本質的な差異ではないとみるべきである。
(三) 技術常識について
原告は技術常識ないし技術慣行として、不純物拡散用のマスクとして用いられたシリコン酸化物皮膜はP―N接合の電気的特性に有害であるとされ、拡散工程の終了後完全に除去することが広く行われていた旨主張するが、不純物拡散用のマスクとして用いられ、したがつて、不純物を大量に含むおそれがあるものと、前示認定の第三引用例及び本願発明のもののように拡散工程の終了後に絶縁ないし表面保護のために特に新たに形成されるものとでは、同列に論じることはできない。
原告は、また、不純物拡散用のマスクとして用いられる場合以外の酸化シリコン膜も、本願優先権主張日後においてすら、膜自体が含む正イオン及び半導体との界面の電気的状態の不安定さなど、未解決の問題を有していた旨主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第一三号証の一・二により、本願の優先権主張日より後に発表された通信学会雑誌掲載の論文により、接合型トランジスタとは動作原理を異にするMOS電界効果トランジスタの特性の安定性に関して、ゲート電極の絶縁膜という特殊な用途におけるシリコン酸化物に未解決の問題のあることが、昭和四〇年頃に我が国の当業者に知られていたことをうかがうことができるにとどまり、一般半導体装置、特に本願発明の実施例及び各引用例の対象であるバイポーラ装置の特性ないし寿命に関して、表面保護用として適当な配慮の下に形成されたシリコン酸化物被膜が、それ自体有害なため到底実用に耐えないと当時の当業者が考慮していた事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて成立に争いのない乙第三号証、第四号証によれば、本願の優先権主張日当時、第三引用例のほかに、トランジスタの保護膜としてシリコン酸化物を用いた米国特許が複数存在し、それらの特許明細書が我が国においても頒布されていたことが認められる。
そうしてみると、半導体装置の表面保護被膜として第三引用例が提案したシリコン酸化物の採用ないし転用を、有害の理由で妨げるような技術常識ないし技術慣行が当時存在していたとは認めることができない。
(四) 以上によれば、第三引用例の石英ほうろう層は、電気絶縁性と半導体表面保護作用とに関して、各種合成物質に勝るとも劣らないものであることが十分に理解でき、かつ、これが第二引用例の光抵抗材料被膜の目的及び作用効果にとつても適当なものであることが明らかである。そうすると、第二引用例の絶縁物質による被膜を第一引用例の半導体装置に適用するに当つて、その絶縁物質として第三引用例のシリコン酸化物を採用することは、当業者が容易に推考実施することができたというべきである。
原告は、シリコン酸化物の多目的利用は本願発明によつて初めて可能となつたものであり、本願発明のすぐれた作用効果について示唆のない第二引用例と第三引用例を第一引用例と組合わせて推考することについて合理的関連性がない旨主張する。しかしながら、絶縁物質被覆を半導体表面の絶縁、保護及び電気導体敷設の支持という多目的に利用することは、第二引用例に既に示されていること前記認定のとおりであり、また、集積回路における受動回路素子と能動回路素子の間を電気接続する回路パターンの自由度という効果は、被覆自体の効果としては、導体蒸着用の広い面積を与えることにほかならないから、前示認定のとおり、第二引用例の一主面を実質上全部被覆する絶縁物質が有する電気導体の絶縁と支持という効果が、そのまま、第一引用例に適用された場合にも発揮されたものであるのに過ぎない。したがつて、原告が主張する本願発明におけるシリコン酸化物の作用効果は、第二引用例の絶縁物質を第三引用例のシリコン酸化物で置換して第一引用例の半導体装置に適用したことの当然の結果に過ぎない。
結局、第二引用例、第三引用例を第一引用例に適用することの容易性に関する審決の判断に原告主張の誤りはない。
3 前示のとおり、本願発明は第一引用例ないし第三引用例の記載から当業者が容易推考することができるものであり、原告が主張する本願発明の作用効果は、前掲甲第二号証、第三号証、第四号証の一・二、第五号証ないし第七号証によれば、いずれも、各引用例の記載に基いて予測できる範囲を出ないから、これを格別のものでないとして進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。
三 よつて、本件審決を違法としてその取消を求める原告の請求は理由がないから、棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
一主面を有する単一の半導体薄板よりなる半導体装置において、
該薄板に形成され、上記一主面で終るP―N接合により画成された少なくとも一つの領域を含む少なくとも一つの受動回路素子、
該受動回路素子との間に必要な絶縁を与えるように、該受動回路素子から離間されて上記薄板に形成され、上記一主面で終るP―N接合により画成された少なくとも一つの領域を含む少なくとも一つの能動回路素子、
上記一主面を実質上全部被覆し接触部のみを露出するように上記領域の少なくとも二つに対応して設けられた孔を有するシリコンの酸化物よりなる絶縁物質、
該絶縁物質に密接し上記少なくとも二つの領域間に延び上記孔を通して上記領域を電気的に接続する電気導体とを具備する事を特徴とする半導体装置。(別紙一参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙
一 本願発明
<省略>
<省略>
二 第一引用例
<省略>
三 第二引用例
<省略>
四 第三引用例
<省略>
四 第三引用例
<省略>